事例:大規模組織が育児・介護休業法等の改正対応で実現した多様な働き方 - 両立支援制度の再構築と組織文化醸成のアプローチ
大規模組織が育児・介護休業法等の改正対応で実現した多様な働き方 - 両立支援制度の再構築と組織文化醸成のアプローチ
働き方改革が企業にとって喫緊の課題となる中、多様な人材が能力を発揮できる環境整備は不可欠です。特に、育児や介護といったライフイベントと仕事の両立支援は、従業員のエンゲージメント向上や定着率向上、ひいては組織全体の持続的な成長に大きく貢献します。近年相次ぐ育児・介護休業法等の法改正は、企業にとって両立支援制度を見直す好機であり、同時に大規模組織にとっては対応の難しさも伴います。
本記事では、ある大規模組織がこれらの法改正を契機として、単なる法令遵守に留まらず、多様な働き方を支援する両立支援制度を再構築し、組織文化の変革にまで踏み込んだ事例をご紹介します。大規模組織ならではの課題にどのように向き合い、どのようなアプローチで変革を推進したのか、その詳細を解説します。
導入前の課題:多様なニーズへの対応と制度の形骸化
この大規模組織では、働き方改革の一環としてリモートワークやフレックスタイム制度は導入されていましたが、育児や介護に関する両立支援制度は、法改正にあわせて最低限の対応を行うことが中心でした。その結果、以下のような課題を抱えていました。
- 多様化する従業員のニーズへの対応不足: 核家族化や共働き世帯の増加、介護離職の増加といった社会背景の変化に対し、既存制度ではカバーできない個別の事情や多様な働き方へのニーズが高まっていました。
- 制度の認知度と利用率の低迷: 制度は存在するものの、内容が複雑であったり、利用するための手続きが煩雑であったりするため、従業員への認知度が低く、必要な人がためらわずに利用できない状況でした。特に管理職の制度理解が不十分で、部下からの相談に適切に対応できないケースも見られました。
- 利用による不利益への懸念: 育児休業や介護休業を取得することによって、キャリア形成や人事評価において不利益を被るのではないかという従業員の懸念があり、これが制度利用をためらわせる要因となっていました。これは、両立支援制度の利用を完全に肯定する組織文化が十分に醸成されていないことに起因していました。
- 大規模組織ゆえの周知・浸透の難しさ: 従業員数が多く、部署や職種、勤務地も多岐にわたるため、制度改定や利用促進に向けた情報が全従業員に正確かつタイムリーに伝わりにくく、施策の浸透に時間がかかる課題がありました。
目的:法改正対応を契機とした「選ばれる組織」への変革
これらの課題を克服し、法改正対応を働き方改革推進の大きな契機とするため、組織は以下の目的を設定しました。
- 法改正への確実かつ先駆的な対応: 法令遵守はもちろんのこと、国の定める基準を上回る独自の支援制度を設計することで、より従業員にとって手厚い支援を実現する。
- 従業員満足度・エンゲージメントの向上: ライフイベントと仕事の両立を支援することで、従業員の安心感を高め、組織への信頼と貢献意欲を高める。
- 多様な人材の確保と活躍推進: 育児や介護が必要な時期でも安心して働き続けられる環境を整備することで、優秀な人材の流出を防ぎ、多様なバックグラウンドを持つ人材が能力を最大限に発揮できる組織を目指す。
- 組織全体の生産性向上: 従業員が両立の不安なく業務に集中できる環境を作り、不必要な離職や休職を減らすことで、組織全体の安定稼働と生産性向上を図る。
- ポジティブな組織文化の醸成: 両立支援制度を利用することが当たり前であり、それを組織全体で支援・応援する文化を根付かせる。
具体的な取り組み内容とプロセス
目的達成のため、組織は全社横断的なプロジェクトチームを組成し、以下の具体的な取り組みを体系的に実施しました。
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制度の抜本的見直しと拡充:
- 法定基準を上回る育児・介護休業期間の延長や、休業中の経済的支援(給与の一部補填など)の拡充を行いました。
- 短時間勤務制度や時差出勤制度について、対象期間や取得要件を緩和し、より柔軟な利用を可能にしました。
- 子の看護休暇や介護休暇について、時間単位での取得を可能にするなど、多様なニーズにきめ細かく対応できる制度設計を行いました。
- 配偶者の出産休暇制度を新設するなど、男性の育児参加を促進する施策も強化しました。
- これらの制度は、既に導入されていたリモートワークやフレックスタイム制度と有機的に連携させ、従業員が自身のライフスタイルに合わせて最適な働き方を選択できるよう設計されました。
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運用体制の整備と手続きの簡素化:
- 人事部内に両立支援専門のチームを設置し、制度に関する問い合わせ窓口を一本化しました。
- 各種申請手続きをオンライン化し、スマートフォンからも申請や進捗確認ができるシステムを導入しました。これにより、申請の心理的ハードルを下げ、ペーパーレス化による効率化も実現しました。
- 申請から承認、休業・復職後のフォローアップまでの標準的なプロセスを明確化し、関係者(従業員、管理職、人事)が共通認識を持てるようにしました。
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情報提供と周知徹底の強化:
- 両立支援制度の詳細や活用事例をまとめた専用の社内ポータルサイトを開設しました。よくある質問(FAQ)や、両立支援とキャリアに関する先輩社員の体験談なども掲載し、具体的なイメージを持てるように工夫しました。
- 全従業員を対象とした制度説明会をオンラインで開催し、制度変更点や利用方法について丁寧に解説しました。説明会の動画はオンデマンドで視聴できるようにしました。
- 新任管理職研修や、全管理職を対象とした定期研修の中で、両立支援制度の重要性、部下からの相談への対応方法、ハラスメント防止(パタハラ・ケアハラ等)について必須項目として組み込み、管理職のリテラシー向上を図りました。
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組織文化醸成に向けた取り組み:
- 経営トップからの継続的なメッセージ発信や、社内報での両立支援制度利用者の紹介(ロールモデルの発信)を通じて、「両立支援は組織全体で応援するもの」という文化を醸成しました。
- 育児や介護と両立しながら活躍している従業員を表彰する制度を新設し、両立支援をポジティブに評価する組織の姿勢を明確に示しました。
- 全従業員を対象に、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に関する研修を実施し、多様な働き方やライフスタイルに対する理解を深める機会を設けました。
- 社員が自由に両立に関する悩みや経験を共有できるオンラインコミュニティを立ち上げ、ピアサポートの場を提供しました。
直面した課題と克服策
これらの取り組みを進める中で、いくつかの課題に直面しました。
- 現場管理職の意識改革と負荷: 制度改定や文化醸成には管理職の理解と協力が不可欠でしたが、日々の業務に加え、部下の多様な働き方をサポートすることへの戸惑いや負荷を感じる管理職も少なくありませんでした。
- 克服策: 管理職研修を継続的に実施し、両立支援がチーム全体の生産性向上や部下のエンゲージメント向上につながるメリットを具体的に伝えるとともに、両立支援に関する相談窓口や専門チームがサポートすることを明確にしました。また、両立支援に対する貢献度を人事評価項目に一部反映させることも検討されました。
- 制度利用によるキャリアへの影響懸念の払拭: 制度を拡充しても、従業員が「制度を使うと評価が下がるのではないか」「昇進に響くのではないか」といった懸念を持ち続けるケースが見られました。
- 克服策: 成果に基づいた人事評価制度への移行を加速させ、時間や場所にとらわれず成果を正当に評価する仕組みを強化しました。また、両立支援専門チームによるキャリア相談窓口を設置し、個別のキャリアプランに関する相談に対応しました。制度利用者の中から昇進・昇格した事例を積極的に共有し、ロールモデルを示すことも効果的でした。
- 全従業員への情報浸透の難しさ: 大規模組織ゆえに、情報が一部の従業員にしか届かない、あるいは誤解が生じるリスクがありました。
- 克服策: 社内ポータルサイト、オンライン説明会、チームミーティングでの情報共有指示、個別相談窓口など、複数のチャネルを組み合わせて多角的な情報発信を行いました。また、制度利用状況に関するデータを部署別に分析し、利用率が低い部署には個別にアプローチして原因を探り、解消に向けたサポートを行いました。
導入効果と成功要因
これらの包括的な取り組みの結果、組織は以下の効果を実感しています。
- 定量的効果:
- 育児休業取得率(特に男性)および育児短時間勤務制度の利用率が向上しました。
- 介護休業・介護休暇の利用者が増加し、介護を理由とする離職者数が減少傾向を示しました。
- 従業員満足度調査における「両立支援制度への満足度」や「会社へのエンゲージメント」に関するスコアが改善しました。
- 定性的効果:
- 社内全体で、育児や介護と仕事を両立することへの理解と協力が進み、困ったときはお互いにサポートし合う組織文化が醸成されつつあります。
- 制度を利用しながら活躍する社員が増え、多様な働き方に対する組織の許容度が向上しました。
- 外部からの評価も高まり、企業イメージ向上や採用競争力の強化にもつながっています。
本事例の成功要因は多岐にわたりますが、特に重要なのは以下の点です。
- 経営層の強いコミットメント: 法改正対応を単なる義務と捉えず、組織変革のチャンスと捉え、経営層が積極的に推進のメッセージを発信し、リソースを投入したことが最大の推進力となりました。
- 全社横断的な推進体制: 人事部だけでなく、現場部門、IT部門などが連携し、制度設計から運用、文化醸成まで一体となって取り組んだこと。
- 従業員視点での制度設計: 形式的な制度導入に終わらず、実際に利用する従業員の声を聴き、ニーズに基づいた柔軟で使いやすい制度を設計したこと。
- 継続的な情報提供とコミュニケーション: 制度改定だけでなく、利用方法、活用事例、相談窓口などを継続的に、多様なチャネルを通じて丁寧に伝える努力を続けたこと。
- 管理職への投資: 両立支援の鍵となる管理職に対し、研修や情報提供、個別サポートなどを通じて、制度理解と意識改革を促したこと。
- テクノロジーの活用: 申請システムの導入など、テクノロジーを活用して手続きを簡素化し、従業員の利便性を向上させたこと。
他の組織への示唆:法改正を働き方改革推進の追い風に
この事例は、大規模組織であっても、法改正への対応を単なる事務手続きで終わらせず、戦略的な働き方改革の契機とすることができることを示しています。特に大規模組織においては、以下の点が重要になります。
- 多様な従業員の声を拾い上げる仕組み: 一律の制度では対応できない個別のニーズを把握するため、アンケートやヒアリングなどを通じて従業員の声を継続的に収集することが重要です。
- 現場を巻き込んだ推進: 制度を実効性のあるものにするためには、制度利用者だけでなく、管理職や同僚の理解と協力が不可欠です。説明会やワークショップなどを通じて、現場の疑問や不安を解消し、当事者意識を高める働きかけが必要です。
- 情報アクセスの容易化と複数チャネルの活用: 大規模ゆえに情報が伝わりにくいため、誰もが必要な情報に容易にアクセスできる仕組み(ポータルサイト、アプリなど)を構築し、メール、説明会、社内SNSなど複数のチャネルで繰り返し発信することが効果的です。
- 人事評価制度との連携: 両立支援制度の利用が不利益につながらないよう、成果に基づいた評価や、多様な働き方を尊重する姿勢を評価項目に含めるなど、人事評価制度との整合性を図ることが、従業員の安心感を醸成し、制度利用を促進します。
- 組織文化醸成への粘り強い取り組み: 制度を整えるだけでなく、両立支援を肯定的に捉え、お互いをサポートする組織文化を根付かせるためには、経営層からのメッセージ発信、ロールモデルの発信、継続的な研修など、時間をかけた粘り強い取り組みが必要です。
まとめ
本記事でご紹介した大規模組織の事例は、育児・介護休業法等の法改正を、組織全体の働き方改革、特に多様な人材が活躍できる環境整備を加速させる絶好の機会と捉え、戦略的に両立支援制度の再構築と組織文化の醸成に取り組んだ成功事例です。
大規模組織ならではの複雑さや多様なニーズに対応するためには、単に制度を改定するだけでなく、運用体制の整備、多角的な情報提供、管理職の意識改革、そして両立支援を全社で推進する文化づくりが不可欠であることが示されました。特に、人事評価制度との連携や、テクノロジーを活用した情報アクセスの容易化は、大規模組織において制度を実効性のあるものにする上で重要なポイントと言えるでしょう。
この事例が、他の大規模組織における働き方改革、特に多様な社員が安心して長く働き続けられる環境整備を進める上での具体的なヒントとなれば幸いです。法改正を前向きに捉え、自社の状況にあわせた両立支援策を検討・実行していくことが、激変する社会環境の中でも企業が「選ばれる存在」であり続けるための重要な一歩となるはずです。