事例:大規模組織が部署横断・プロジェクト型働き方で実現した組織力の最大化 - 縦割り解消、評価、コミュニケーション変革のアプローチ
大規模組織における働き方改革は、多くの企業にとって重要な経営課題となっています。特に、従来の機能別・部門別の組織構造が、変化の速いビジネス環境への対応を遅らせたり、イノベーションの創出を阻害したりするケースが見られます。このような課題に対し、部署横断的なプロジェクト形式での働き方を推進することが、組織の壁を取り払い、従業員の多様なスキルや知見を結集し、組織全体の能力を最大化する有効な手段として注目されています。
しかし、大規模組織でこうした働き方を導入・定着させることは容易ではありません。既存の硬直的な組織構造、部門ごとの文化の違い、従来の評価制度との不整合、コミュニケーションの課題など、様々な壁が存在します。本記事では、ある大規模組織が、部署横断・プロジェクト型働き方の導入を通じて組織力の最大化を目指し、これらの課題をどのように克服していったのか、具体的な事例を通して詳細に解説します。
事例の背景と導入前の課題
本事例の企業は、長い歴史を持つ従業員数万名規模の製造業A社です。A社は長年、製品別や機能別のサイロ型組織構造で事業を展開してきました。部門ごとの専門性は高い一方で、部門間の連携が限定的であり、新しい技術や市場の変化に対する横断的な対応が遅れるという課題を抱えていました。また、キャリアパスも基本的に所属部門内で完結することが多く、従業員が自身の専門領域を越えてスキルや知見を広げる機会が限られていました。
これらの状況から、以下のような課題が顕在化していました。
- 組織の縦割り: 部門間のコミュニケーションが不足し、情報やノウハウが特定部門内に留まる傾向が見られました。
- イノベーションの停滞: 部門間の連携不足により、部署横断的な視点が必要な新規事業開発や業務改善が進みにくい状況でした。
- 人材育成の偏り: 従業員のスキル開発が所属部門の専門性に偏り、多様な経験を積む機会が限られていました。
- 非効率な意思決定: 複数の部門が関わる事項において、部門間の調整に時間を要し、意思決定が遅れることがありました。
- 従業員エンゲージメント: 自身の業務が全体のどの部分に貢献しているかが見えにくく、従業員のモチベーションや組織への貢献意識に影響が出ている可能性がありました。
導入の目的と具体的な取り組み内容
A社はこれらの課題を克服し、組織全体の俊敏性向上とイノベーション創出を加速させることを目的に、部署横断・プロジェクト型働き方の推進を決定しました。その主な目的は以下の通りです。
- 組織間の壁を取り払い、円滑な情報共有と協働を促進する。
- 多様なスキルと視点を組み合わせることで、新規事業創出や複雑な経営課題解決を加速する。
- 従業員に多様な経験機会を提供し、多角的な視点を持つ人材を育成する。
- 変化への対応力を高め、組織全体の俊敏性を向上させる。
- 従業員の組織への貢献実感を高め、エンゲージメントを向上させる。
この目的達成のために、A社は以下のような具体的な取り組みを段階的に実施しました。
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プロジェクト推進のルール・プロセスの整備:
- プロジェクト組成基準の明確化: 部署横断での協働が特に有効なテーマ(新規事業、全社DX、特定の経営課題など)を明確に定義しました。
- 公募制の導入: 従業員が関心や自身のスキルに応じて、公募されるプロジェクトに手を挙げられる仕組みを導入しました。これにより、個々の意欲と組織のニーズを合致させることを目指しました。
- プロジェクトリーダー育成: プロジェクトを成功に導くためのマネジメントスキル、ファシリテーションスキルを持つリーダーを育成する研修プログラムを開発・実施しました。
- 兼務・専従ルールの柔軟化: 所属部門の業務との兼務割合や、必要に応じてプロジェクト専従となる期間などを柔軟に設定できるよう、人事制度上のルールを見直しました。
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人事評価制度との連携:
- プロジェクト貢献度の評価: プロジェクトにおける個人の貢献度や成果を、所属部門での業務評価とは別に評価項目として設定しました。プロジェクトリーダーによる多面評価や、成果の全体への影響度などを評価する仕組みを構築しました。
- 評価ウェイトの見直し: プロジェクト活動の重要性を鑑み、人事評価全体におけるプロジェクト貢献度のウェイトを部門業務評価と並行して設定しました。
- 育成目標への連動: プロジェクトでの経験を通じて習得したスキルや貢献を、次期の人事評価やキャリア開発計画に反映させるようにしました。
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コミュニケーションとコラボレーションを促進するIT基盤の整備:
- 情報共有プラットフォームの導入: プロジェクトに関わるメンバーが部門を越えて情報やドキュメントを共有できるクラウドベースのプラットフォームを導入しました。これにより、リアルタイムでの情報共有と透明性を確保しました。
- オンライン会議・チャットツールの活用: 物理的な距離があるメンバー間のコミュニケーションを円滑にするため、オンライン会議システムやビジネスチャットツールを全社的に活用することを推進しました。
- ナレッジ共有システムの強化: プロジェクトで得られた知見や成功・失敗事例を全社で共有するためのナレッジマネジメントシステムを整備しました。
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組織文化の醸成:
- 経営層からの継続的なメッセージ発信: 部署横断・プロジェクト型働き方の重要性や期待される効果について、経営層が様々な機会を通じて従業員に繰り返しメッセージを発信しました。
- 成功事例の共有と称賛: 部署横断プロジェクトの成功事例を社内報や全社集会などで積極的に紹介し、関係者を称賛することで、新たな働き方へのモチベーションを高めました。
- ワークショップ・交流会の実施: 部門を越えた従業員同士が気軽に交流し、互いの業務やスキルを理解する機会を設けるワークショップや交流会を実施しました。
直面した課題と克服策
導入プロセスにおいては、いくつかの大きな課題に直面しました。
- 部門間の調整と抵抗: 各部門が自身のリソース(人材、予算)をプロジェクトに提供することへの抵抗や、部門間の利害調整に時間を要しました。
- 克服策: 経営層が主体となり、全社戦略における部署横断プロジェクトの位置づけを明確に示しました。また、各部門の目標とプロジェクト目標を整合させるための対話を重ね、プロジェクト参加が部門にとってもメリットがあることを丁寧に説明しました。部門長の評価項目に、プロジェクトへの貢献度や人材提供に関する項目を含めることも検討されました。
- プロジェクトにおける個人の評価の難しさ: 部門業務とプロジェクト業務を兼務する場合、それぞれの貢献度を適切に評価すること、特にプロジェクト内での個人の具体的な貢献を定量的に捉えることが困難でした。
- 克服策: プロジェクトリーダーに対する評価者トレーニングを強化し、プロジェクトの目標達成度だけでなく、チームへの貢献度、個人の役割遂行度などを具体的に評価する手法を浸透させました。また、プロジェクトメンバー間のピアレビュー(相互評価)や、成果発表会でのプレゼンテーションなどを評価材料の一部として活用しました。
- 管理職のマネジメント負担増: メンバーが複数のプロジェクトを兼務する場合、管理職は部下の業務負荷管理や評価判断が複雑化するという負担増を感じました。
- 克服策: 兼務ルールを柔軟にする一方で、個人の総業務負荷が過大にならないよう、プロジェクト参加の承認プロセスにおいて所属部門長とプロジェクトリーダーが連携して調整する仕組みを強化しました。また、管理職向けに、兼務メンバーのマネジメントや評価に関する研修を実施し、必要なスキルと情報を提供しました。
- 情報のサイロ化の再発: 部署横断プロジェクトが成功裏に終わった後、その成果や知見が再び特定メンバーや部門内に留まってしまうという課題が発生しました。
- 克服策: プロジェクト終了後のナレッジ共有プロセスを義務化・標準化しました。具体的には、プロジェクト成果の文書化、ナレッジマネジメントシステムへの登録、社内研修や共有会の開催などを徹底しました。成功事例だけでなく、失敗事例とその学びも積極的に共有することを奨励しました。
導入効果と成功要因
これらの取り組みと課題克服の結果、A社では以下のような効果が見られました。
- 組織の俊敏性向上: 部署横断プロジェクトを通じて、新しい課題に対し迅速に多様な視点からアプローチできるようになりました。特に、新規事業検討や全社的な業務プロセス改善のスピードが向上しました。
- イノベーションの創出: 異なる部門の専門家が集まることで、従来の発想にない革新的なアイデアが生まれやすくなり、実際に複数の新規プロジェクトが具体的な成果につながりました。
- 従業員の成長とエンゲージメント向上: 自身の専門領域を越えたプロジェクトに参加することで、従業員は新たなスキルを習得し、視野を広げることができました。また、自身の貢献が組織全体の目標達成に繋がることを実感し、組織へのエンゲージメントが向上しました。
- 組織間の連携強化: 日常的なコミュニケーションが部門を越えて活発になり、組織全体の風通しが良くなりました。
- ナレッジ共有の促進: プロジェクト成果だけでなく、推進プロセスで得られたノウハウや課題解決方法が共有されることで、組織全体の学習能力が高まりました。
これらの効果をもたらした主な成功要因は、以下の点に集約されます。
- 経営層の強いコミットメントと継続的なメッセージ発信: 新しい働き方が単なる人事施策ではなく、全社戦略の実現に不可欠であることを明確に示し続けたことが、組織全体を動かす原動力となりました。
- 目的とルールの明確化: なぜ部署横断プロジェクトが必要なのか、どのようなプロジェクトが組成されるのか、参加者はどのように選ばれ、どのように活動するのかといった基本的なルールとプロセスを明確に定めたことが、従業員の理解と安心感を醸成しました。
- 人事評価制度との連携: プロジェクトへの貢献が正当に評価される仕組みを構築したことが、従業員の参加意欲を高め、モチベーションを維持する上で極めて重要でした。
- IT基盤による支援: コミュニケーションや情報共有のハードルを下げるための適切なITツールの導入と活用推進が、物理的・組織的な壁を越えた連携を可能にしました。
- 丁寧なコミュニケーションと文化醸成: 制度やツールだけでなく、ワークショップや成功事例共有などを通じて、部門間の相互理解を深め、新しい働き方を受け入れる組織文化を醸成する努力を継続したことが、定着の鍵となりました。
他の組織への示唆
本事例から、大規模組織が部署横断・プロジェクト型働き方を成功させるためには、単に制度を導入するだけでなく、組織構造、人事評価、IT基盤、そして最も重要な組織文化といった様々な側面から統合的にアプローチすることが不可欠であることがわかります。
特に、大規模組織においては、以下の点を慎重に検討し、取り組むことが推奨されます。
- 自社の戦略と働き方改革の連動: なぜこの働き方が必要なのか、それが自社のどのような戦略目標達成に貢献するのかを明確にし、経営層から従業員まで共有することが重要です。
- 段階的な導入: 全社一斉ではなく、特定の部門やテーマから試験的に導入し、そこで得られた知見を基に拡大していくアプローチが有効な場合があります。
- 人事評価制度の再設計: 部署横断プロジェクトの貢献をどのように評価し、既存の部門評価とどのようにバランスを取るのかは、従業員のモチベーションに直結するため、最も時間をかけて検討すべき点の一つです。評価者(プロジェクトリーダーや部門長)への十分なトレーニングも欠かせません。
- 管理職への支援: 新しい働き方は管理職のマネジメントスタイルにも変化を求めます。必要なスキル研修の提供や、複雑化したマネジメント業務をサポートする仕組み(例:タスク管理ツールの導入、定期的な個別面談の推奨)が必要です。
- 継続的なコミュニケーションとフィードバック: 導入後も、従業員や管理職からのフィードバックを収集し、制度や運用を継続的に改善していく姿勢が重要です。
まとめ
大規模組織における部署横断・プロジェクト型働き方は、組織の縦割りを解消し、多様な知見を結集することで、変化への対応力やイノベーション創出力を高め、組織全体の力を最大化する強力な手段となり得ます。
本事例で見たように、その実現には、明確な目的設定、柔軟な制度設計、人事評価との連携、適切なIT基盤の整備、そして何よりも組織文化の醸成に向けた地道な取り組みが不可欠です。導入過程で直面する部門間の調整、評価の難しさ、管理職の負担増といった課題に対し、経営層がリーダーシップを発揮し、丁寧なコミュニケーションと粘り強い改善を続けることが成功の鍵となります。
自社における働き方改革を推進される人事・経営企画部門の皆様にとって、本事例が、大規模組織特有の課題を乗り越え、組織の壁を越えた新しい働き方をデザインするための一助となれば幸いです。