大規模組織における新しい働き方に対応した人事評価制度の再構築事例:成果とプロセスを公正に評価する仕組み
はじめに:新しい働き方と評価制度の再構築の必要性
近年、多くの大企業でリモートワークやフレキシブルタイム制度、ワーケーションといった多様な働き方が導入されています。これにより、従業員一人ひとりの生産性向上やワークライフバランスの実現が期待される一方で、従来の画一的な働き方を前提とした人事評価制度では、その効果を正しく測定し、従業員の貢献を公正に評価することが難しくなってきています。
特に大規模組織においては、部署や職種によって働き方の多様性が大きく異なるため、単一の評価制度ですべての従業員をカバーすることは非現実的です。新しい働き方を真に組織の力に変えるためには、それに連動した人事評価制度の再構築が不可欠となります。本記事では、ある大規模組織が新しい働き方に対応するため、人事評価制度をどのように見直し、成果だけでなくプロセスや多様な貢献を公正に評価する仕組みを構築した事例をご紹介します。
事例の概要:伝統的な大手企業の評価制度改革
本事例の企業は、長年培ってきた事業基盤を持つ伝統的な大手企業です。約1万人の従業員を抱え、製造、研究開発、営業、管理部門など、多岐にわたる事業と職種を有しています。
導入前の課題:
- 年功序列と職能資格制度が中心: 個人の能力や実績よりも、勤続年数や等級に基づいた評価の側面が強く、新しい働き方の中で見えにくくなった個々の具体的な貢献が評価されにくい状況でした。
- プロセス評価の曖昧さ: オフィスでの勤務を前提とした「勤務態度」や「協調性」といった評価項目が、リモートワーク下では形骸化し、評価者によって基準が大きく異なりました。
- 短期的成果への偏重: 半期・年間の目標達成度合いに重点が置かれ、中長期的な視点での育成や、数値化しにくい新しい取り組みへの貢献が軽視される傾向がありました。
- 部署・職種間の評価基準のばらつき: 全社共通の評価基準があるものの、実運用においては部署ごとの文化や慣習に依存する部分が大きく、評価の公平性に課題がありました。
- 従業員の納得感の低下: 評価プロセスや基準が不明確であること、自身の貢献が正当に評価されていないと感じる従業員が増加し、モチベーションやエンゲージメントの低下を招いていました。
改革の目的:
新しい働き方への対応に加え、以下の点を実現することを目的としました。
- 多様な働き方をする従業員の「成果」とそこに至る「プロセス」を公正に評価できる制度の構築。
- 短期的な業績貢献だけでなく、中長期的な視点での成長や、組織文化への貢献も適切に評価に反映。
- 部署や職種による働き方の違いを考慮しつつ、全社的な評価の公平性・納得感を向上させる。
- 評価制度を従業員の成長支援やキャリア開発に繋がる仕組みへと転換する。
具体的な取り組み内容とプロセス
この企業では、人事部門が主導しつつ、経営層の強いコミットメントのもと、以下のステップで評価制度の再構築を進めました。
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現状分析と課題の特定:
- 全従業員および管理職へのアンケート、ヒアリングを実施し、既存制度への不満点や新しい働き方における評価の難しさについて網羅的に情報を収集しました。
- 他社事例や最新の人事評価理論(例:OKR、ノーレイティングの一部要素)について研究を行いました。
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新しい評価制度の設計思想と基本方針の策定:
- 「成果責任」と「行動・貢献責任」の二軸での評価を基本としました。
- 「成果責任」では、定量目標に加え、新しい働き方における成果の定義を明確化(例:リモートでのチーム連携の質、オンラインツールの活用による効率向上など)。
- 「行動・貢献責任」では、従来の勤務態度といった曖昧な基準を見直し、企業が重視する新しい価値観(例:変化への適応、自律性、他者との協働、ナレッジ共有、失敗からの学びなど)に基づく行動評価基準(コンピテンシーモデルの一部変更)を詳細に定義しました。
- 部署や職種の特性に応じた評価項目のカスタマイズを一部許容する柔軟性を持たせつつ、全社共通の評価軸(評価者研修やガイドラインで徹底)を設ける方針としました。
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制度の詳細設計と試行導入(パイロット運用):
- 成果目標設定においては、従来のトップダウン式の目標展開に加え、従業員自身が新しい働き方の中で挑戦したい目標を盛り込める余地を設けました。
- 評価プロセスでは、期中の上司との1on1を必須化し、目標進捗だけでなく、行動やプロセスに関するフィードバックを定期的に行う仕組みを導入しました。
- 多面評価(360度評価)を一部の等級や職種で導入し、上司だけでなく同僚や部下からのフィードバックも評価の参考に加えました。
- 評価ツールを刷新し、目標設定・進捗管理・評価入力・フィードバック面談記録を一元管理できるシステムを導入しました。
- 一部の部署を対象に、新しい制度を1年間パイロット運用し、課題の洗い出しと制度の改善を行いました。
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全社展開と定着支援:
- パイロット運用で得られた知見をもとに制度を最終調整し、全社に展開しました。
- 管理職向けには、新しい評価基準の理解、目標設定の支援方法、フィードバック面談のスキルに関する集中的な研修を実施しました。
- 従業員向けには、制度説明会、イントラネットでの詳細情報提供、Q&Aセッションなどを通じて、制度の目的と内容、自身の評価がどのように決まるのかを丁寧に説明しました。
- 人事部門内に相談窓口を設置し、制度に関する問い合わせや懸念事項に対応しました。
直面した課題と克服策
改革プロセスにおいては、いくつかの困難に直面しました。
- 評価の客観性・公平性の確保: プロセスや行動評価の比重を高めた結果、「評価者の主観が入りすぎるのではないか」という懸念が生じました。
- 克服策: 詳細な行動評価基準ガイドラインを作成し、評価者研修でケーススタディを繰り返し行うことで、評価者間の基準の統一を図りました。また、評価会議での複数評価者によるすり合わせを徹底し、評価の妥当性を検証する仕組みを強化しました。
- 部署や職種による評価基準の差への対応: 全社共通の軸を持ちつつ、現場の実情に合わせた柔軟性をどこまで認めるかの線引きが課題となりました。
- 克服策: 各部署の特性や目標設定の難易度を事前に把握し、人事部門が関与して部署ごとの目標設定や評価項目の調整を行いました。特に研究開発部門など、成果が出るまでに時間がかかる職種については、中間目標の設定やプロセス評価の比重を調整するなど、きめ細やかな対応を行いました。
- 評価者(管理職)の負荷増加と育成: 1on1の必須化や多面評価の導入により、管理職の評価業務負担が増大しました。
- 克服策: 評価ツールによる事務作業の効率化を図るとともに、管理職向け研修を継続的に実施し、短時間で効果的な1on1やフィードバックを行うスキルを養成しました。また、人事部門が定期的に管理職へのフォローアップを行い、課題の早期発見・解決に努めました。
- 従業員の制度理解と納得感の醸成: 新しい制度への戸惑いや、「結局何が変わったのか分からない」という声もありました。
- 克服策: 一度きりの説明ではなく、定期的な情報発信や質疑応答の機会を設け、従業員が制度を「自分事」として理解できるよう努めました。特に、評価結果のフィードバック面談では、評価の根拠となる具体的な行動や事実を丁寧に伝えるよう管理職に指導しました。
導入後の効果と成功要因
制度改革から2年後、以下のような効果が見られました。
- 定量的効果(例): 従業員エンゲージメントサーベイにおいて、「自分の貢献が正当に評価されている」という項目への肯定的な回答が改革前と比較して〇ポイント上昇しました。離職率についても、特に若手・中堅層において微減傾向が見られました。(※具体的な数値は組織の状況により変動するため、ここでは傾向として記述します。)
- 定性的効果:
- 従業員の間に、自身の目標設定や日々の業務における「行動」や「プロセス」への意識が高まりました。
- 上司と部下の間のコミュニケーション頻度が増加し、建設的なフィードバックを通じて従業員の成長を支援する文化が醸成されつつあります。
- 部署や職種を超えた協力やナレッジ共有といった行動が、評価されるべき貢献として認識されるようになりました。
- リモートワークやフレキシブルな働き方を選択している従業員も、オフィス勤務者と同様に評価されるという安心感が生まれました。
成功要因:
- 経営層の強いリーダーシップとコミットメント: 単なる人事制度変更ではなく、組織全体の変革として位置づけられ、経営層が改革の重要性を継続的に発信しました。
- 丁寧な現状分析と関係者との対話: 制度設計の初期段階から、現場の声を聞き、課題を正確に把握したことが、実効性のある制度設計につながりました。
- 段階的な導入と柔軟な修正: 一斉に全社展開するのではなく、パイロット運用で得られたフィードバックをもとに制度を改善するというアプローチが功を奏しました。
- 管理職の育成と支援: 評価制度の運用を担う管理職に対し、十分な研修と継続的なサポートを行ったことが、制度の定着に不可欠でした。
- 粘り強いコミュニケーション: 制度変更に対する従業員の不安や疑問に対し、真摯に向き合い、丁寧に説明を繰り返したことが、制度への理解と納得感を高めました。
他の組織への示唆
この事例から、大規模組織が新しい働き方に対応した人事評価制度を構築する上で、以下の点が重要であるという示唆が得られます。
- 多様性を前提とした設計: 単一の基準で全てを評価しようとせず、部署や職種の特性を考慮しつつ、共通の評価哲学や軸を持つことが重要です。
- 「成果」と「プロセス・行動」のバランス: どのような働き方でも評価できるよう、目に見えにくい貢献や、成果に至るまでの行動・プロセスをどのように定義し、評価に組み込むかが鍵となります。
- 評価者(管理職)への投資: 新しい評価制度を適切に運用するためには、管理職が評価基準を理解し、効果的なフィードバックを行うスキルを持つことが不可欠です。研修だけでなく、日々の運用におけるサポート体制も重要となります。
- テクノロジーの活用: 評価ツールやシステムを導入することで、目標設定、進捗管理、評価プロセス、データ分析などを効率化し、評価者の負担を軽減しつつ、公平性・透明性を高めることができます。
- 継続的な見直しと改善: 働き方や事業環境は常に変化します。一度制度を構築して終わりではなく、定期的に効果測定を行い、従業員のフィードバックを踏まえながら、継続的に制度を見直していく姿勢が不可欠です。特に、新しい働き方が組織のエンゲージメントや生産性にどのように影響しているかを評価データと連携して分析することで、更なる改善点を見出すことが可能です。
まとめ:変革を推進するための人事評価
本事例は、伝統的な大手企業が、新しい働き方という外部環境の変化に適応するために、人事評価制度という組織の根幹に関わる仕組みを抜本的に見直した成功事例です。画一的な制度から、多様な働き方を包摂し、成果とプロセス双方を公正に評価する制度への転換は容易ではありませんでしたが、経営のコミットメントと現場との丁寧な対話、そして継続的な改善努力によって実現されました。
大規模組織における働き方改革は、単に働く場所や時間を変えるだけでなく、それを支える人事制度、特に評価制度の変革と一体となって初めて、その真価を発揮します。本事例が、読者の皆様が自社で働き方改革を推進し、組織の成長に繋がる人事評価制度を構築する上での一助となれば幸いです。