事例:大規模組織がバックオフィス部門の働き方改革で実現した効率化と生産性向上 - デジタル化とプロセス改善のアプローチ
大規模組織におけるバックオフィス部門の課題と新しい働き方の必要性
企業のバックオフィス部門、特に経理、法務、総務といった機能は、組織運営の基盤を支える重要な役割を担っています。しかし、大規模組織においては、その業務プロセスが複雑化し、多くの手作業や紙媒体でのやり取りが残存しているケースが少なくありません。これにより、非効率性、生産性の伸び悩み、従業員の定型業務への偏りといった課題が生じることがあります。
また、近年のテクノベーションの進化や従業員の働き方に対する価値観の変化は、バックオフィス部門にも変革を求めています。デジタル技術を活用した業務効率化や、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を導入することは、生産性向上だけでなく、従業員エンゲージメントの向上やリスク管理(BCP対策など)の観点からも重要性を増しています。
本記事では、このような背景を持つ大規模組織が、バックオフィス部門の働き方改革を通じて、いかに効率化と生産性向上を実現したか、その具体的な取り組み事例、直面した課題、そして成功要因について詳しく解説します。
事例紹介:A社におけるバックオフィス部門の働き方改革
導入前の課題と目的
大手サービス業であるA社は、従業員数万人規模を誇り、全国に拠点を展開しています。経理、法務、総務といったバックオフィス部門は、依然として多くの紙ベースの申請・承認プロセスに依存しており、特に経費精算、契約書管理、社内文書回覧などに膨大な時間と人的リソースを費やしていました。
具体的には、以下のような課題を抱えていました。
- 非効率な業務プロセス: 紙での申請、承認、回覧に時間がかかり、承認者の物理的な所在に依存するため、プロセス全体が滞留しやすい状況でした。
- 情報の分散と検索性の低さ: 重要な文書が物理的なファイルや部門ごとの共有フォルダに分散しており、必要な情報を見つけ出すのに時間がかかり、情報共有も円滑ではありませんでした。
- 定型業務への負担集中: データ入力、書類整理、ファイリングなどの定型業務に多くの従業員が時間を取られ、より付加価値の高い業務に注力できていませんでした。
- リモートワークへの対応遅れ: 紙や物理的なハンコを前提としたプロセスが多いため、コロナ禍以前から限定的ながら進めていたリモートワークの適用が、バックオフィス部門では特に困難でした。
- 従業員のエンゲージメント低下: 繰り返しで非付加価値の高い業務が多く、自身の成長や貢献を実感しにくいと感じる従業員もいました。
これらの課題を解決するため、A社はバックオフィス部門の働き方改革を全社的なDX推進の一環として位置づけ、以下の目的を設定しました。
- バックオフィス業務の圧倒的な効率化と生産性向上
- 物理的な制約からの解放による柔軟な働き方(リモートワークなど)の推進
- 情報共有の円滑化とナレッジの一元化
- 定型業務にかかるリソースを削減し、より戦略的な業務へのシフトを促す
- 従業員の業務負担を軽減し、働きがいを向上させる
具体的な取り組みとプロセス
A社は、設定した目的達成のために、以下の具体的な取り組みを段階的に実施しました。
- 全社的なペーパーレス化・電子承認システムの導入:
- 経費精算、稟議、各種申請書について、クラウド型の電子承認システムを導入しました。これにより、物理的な紙のやり取りやハンコが不要となり、承認プロセスがオンライン上で完結できるようになりました。
- 導入に際しては、複雑な承認フローや組織階層に対応できる柔軟な設定が可能なシステムを選定し、既存の社内システム(人事情報など)との連携も図りました。
- RPAによる定型業務の自動化:
- 経理部門での請求書データ入力、総務部門での各種台帳更新、法務部門での契約書内容確認(一部)など、繰り返し発生する定型業務にRPA(Robotic Process Automation)を導入しました。
- 自動化対象業務の選定は、まず効果が出やすい、ルールが明確な業務から開始し、徐々に適用範囲を広げていきました。
- クラウド型サービスの活用:
- 文書管理システム、契約書管理システム、法務関連情報のデータベースなどをクラウド化しました。これにより、どこからでも最新の情報にアクセスできる環境を整備し、部門間の情報共有を円滑にしました。
- 情報セキュリティ対策を徹底し、アクセス権限管理やログ監視を厳格に行いました。
- 業務プロセスの見直し(BPR):
- 単にツールを導入するだけでなく、現行業務プロセスを徹底的に分析し、非効率な部分やムダを排除するための抜本的な見直しを行いました。
- システム導入ありきではなく、「あるべきプロセス」を描き、それに合わせてシステムやツールの使い方を設計しました。
- 従業員への研修とサポート:
- 新しいシステムやツールへの移行に際し、全従業員(特にバックオフィス部門)に対して、操作方法だけでなく、新しいプロセスや働き方の意図を丁寧に説明する研修を実施しました。
- FAQサイトの開設、ヘルプデスクの設置、部門内の「改革推進リーダー」の育成など、従業員がスムーズに移行できるよう継続的なサポート体制を構築しました。
- 部門横断プロジェクトチームの発足:
- 経理、法務、総務、IT部門、人事部門などからメンバーを集めたプロジェクトチームを発足させ、部門間の連携を図りながら改革を推進しました。各部門のニーズや課題を共有し、全体最適の視点で意思決定を行いました。
直面した課題と克服策
取り組みを進める中で、A社はいくつかの課題に直面しました。
- 変化への抵抗感: 特に長年同じやり方で業務を行ってきた従業員の中には、新しいシステムやプロセスへの変化に抵抗を感じる声がありました。
- 克服策: 一方的な指示ではなく、なぜ変革が必要なのか、それによって何が得られるのかを丁寧に説明し、理解と協力を求めました。また、早期にシステムの利便性や効果を実感してもらえるよう、操作しやすいインターフェースのシステムを選び、スモールスタートで成功体験を共有しました。
- 既存システムとの連携: 長年利用している基幹システムや部門固有のシステムがあり、新しいクラウドシステムとの連携が複雑でした。
- 克服策: IT部門を中心に、API連携やデータ連携基盤の構築に時間をかけ、シームレスなデータ連携を実現しました。連携が難しい場合は、手作業でのデータ移行を最小限にするための代替策を検討しました。
- セキュリティへの懸念: クラウド化やリモートワークの推進により、情報漏洩リスクに対する懸念が生じました。
- 克服策: 外部のセキュリティ専門家と連携し、厳格なセキュリティポリシーを策定・周知しました。二段階認証の導入、VPN利用の徹底、従業員への情報セキュリティ研修の実施など、多層的な対策を講じました。
- 効果測定の難しさ: バックオフィス業務の効率化は、直接的な売上向上に繋がりにくいため、投資対効果を明確に示すことが難しい側面がありました。
- 克服策: 改革の初期段階から、紙の書類枚数、承認にかかる平均時間、特定の業務にかかる工数(時間)、エラー率などを定量的な指標として設定し、定期的に効果測定を行いました。また、従業員へのアンケートを通じて、定性的な効果(業務負担感の変化、働きがいの変化など)も把握し、多角的に効果を評価しました。
導入効果と成功要因
A社のバックオフィス部門における働き方改革は、以下のような効果をもたらしました。
- 劇的な業務効率化: 電子承認システムの導入により、平均的な承認プロセス時間が50%以上短縮されました。RPA導入により、特定のデータ入力業務にかかる時間が90%削減されたケースもありました。これにより、年間数万時間の業務時間削減に繋がったと試算されています。
- 生産性向上: 定型業務から解放された従業員は、データ分析、レポート作成、法改正への対応検討、従業員からの問い合わせ対応といった、より専門性が高く付加価値のある業務に時間を割けるようになりました。
- 柔軟な働き方の推進: ペーパーレス化とクラウドシステムの導入により、バックオフィス部門の多くの業務が場所を選ばず遂行可能となり、リモートワークの適用範囲が大幅に拡大しました。これにより、育児や介護と両立しながら働く従業員が増加しました。
- コスト削減: 紙の使用量削減、印刷コスト削減、物理的な文書保管スペースの最適化などにより、間接的なコスト削減も実現しました。
- 従業員の働きがい向上: 定型的な事務作業の負担が減り、より創造的で戦略的な業務に取り組めるようになったことで、従業員のモチベーションと働きがいが向上しました。
この改革の成功要因としては、以下が挙げられます。
- 経営層の強いコミットメント: バックオフィス改革を全社的なDX・働き方改革の中核と位置づけ、経営層が主導し、必要な予算とリソースを確保しました。
- 部門横断的な連携: バックオフィス各部門、IT部門、人事部門が密に連携し、それぞれの立場からの意見を反映させながら改革を進めたことが、全体最適の実現に繋がりました。
- 段階的な導入と丁寧なコミュニケーション: 一度にすべてを変えるのではなく、影響範囲の小さい部分から段階的に導入し、従業員が変化に慣れる時間を与えました。また、改革の目的、進捗、効果について、社内報や説明会を通じて継続的にコミュニケーションを図りました。
- 「業務ありき」のプロセス設計: ツール導入ありきではなく、「あるべきバックオフィス業務の姿」を描き、それに合わせてプロセスとツールをデザインしたことが、真の効率化に繋がりました。
- 明確な効果測定とフィードバック: 定量・定性両面での効果測定を行い、その結果を関係者にフィードバックすることで、改革の意義を共有し、継続的な改善に繋げました。
他の組織への示唆
A社の事例は、大規模組織のバックオフィス部門が抱える構造的な課題に対して、デジタル化とプロセス改革が有効な解決策となることを示しています。この事例から、他の大規模組織が学ぶべき点は多岐にわたります。
まず、バックオフィス部門の働き方改革は、単なる効率化だけでなく、組織全体の生産性向上、従業員の働きがい向上、そしてBCP強化といった多様なメリットをもたらす戦略的な取り組みであるという認識を持つことが重要です。
次に、改革を進めるにあたっては、現在の業務プロセスを詳細に分析し、ムダや非効率性の根源を見つけ出す「業務ありき」のアプローチが不可欠です。ツール導入はあくまで手段であり、目的は業務の最適化であることを忘れてはなりません。
また、部門横断的な連携なしにバックオフィス全体の改革を成功させることは困難です。経理、法務、総務といった部門だけでなく、IT部門や人事部門も巻き込んだプロジェクトチームを発足させ、共通認識を持って推進することが成功の鍵となります。
さらに、従業員の変化への抵抗感を乗り越えるためには、丁寧なコミュニケーションと、新しい働き方によるメリット(業務負担軽減、付加価値業務へのシフト、柔軟な働き方の実現など)を具体的に示すことが重要です。研修やサポート体制の構築も欠かせません。
最後に、改革の効果を定量的・定性的に測定し、ステークホルダーにフィードバックすることで、取り組みの正当性を示し、継続的な改善サイクルを回すことが、働き方改革を成功に導く上で非常に重要です。特に、バックオフィス部門の貢献は数値化しにくいため、測定指標の設計には工夫が必要です。
まとめ
大規模組織におけるバックオフィス部門の働き方改革は、過去の慣習や複雑な組織構造に起因する多くの課題を伴いますが、デジタル技術の活用と業務プロセスの抜本的な見直しによって、その非効率性を大きく改善し、生産性を飛躍的に向上させることが可能です。
A社の事例が示すように、経営層の強いリーダーシップ、部門横断的な協力、そして従業員への丁寧なアプローチが組み合わさることで、バックオフィスはコストセンターから、組織全体の効率と生産性を支える戦略的な部門へと変貌を遂げることができます。
この変革は、単に業務を効率化するだけでなく、従業員がより創造的で付加価値の高い業務に集中できる環境を作り出し、大規模組織全体の働きがいと競争力向上に大きく貢献します。バックオフィス部門の働き方改革は、今後の組織運営においてますますその重要性を増していくことでしょう。