大規模組織における新しい働き方で生じるコミュニケーション断絶とナレッジサイロ化を解消した事例 - 仕組みと運用改善のアプローチ
はじめに:多様な働き方がもたらす新たな課題
近年、多くの大規模組織で働き方改革が進み、リモートワークやフレックスタイム、ハイブリッドワークといった多様な働き方が広がっています。これらの新しい働き方は、従業員のエンゲージメント向上や生産性の向上に貢献する一方で、組織内に新たな課題をもたらすことも少なくありません。その一つが、部門間のコミュニケーション断絶や、情報・知識が特定の個人や部署内に留まる「ナレッジサイロ化」の進行です。
特に大規模組織では、組織構造の複雑さや部署間の物理的な距離に加え、働く場所や時間が多様化することで、非公式な情報交換の機会が減少し、必要な情報へのアクセスが困難になるケースが増えています。これにより、業務効率の低下や重複作業の発生、新しいアイデアの創出停滞といった問題が顕在化することがあります。
本記事では、このような課題に直面したある大規模組織が、新しい働き方を維持・発展させつつ、コミュニケーションの円滑化とナレッジ共有の活性化を実現するために、どのような仕組みを構築し、運用を改善したのか、具体的な事例を通してご紹介します。
事例概要:コミュニケーション断絶とナレッジサイロ化への挑戦
事例として取り上げるのは、全国に拠点を持ち、多様な職種・部署を抱える従業員数1万人規模のサービス業A社です。A社では、数年前から全社的な働き方改革を推進し、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を可能にする制度を導入しました。これにより、従業員のワークライフバランスは改善し、離職率も低下するなど一定の成果を上げていました。
しかし、新しい働き方の浸透に伴い、特に以下のような課題が顕在化してきました。
- 部門間連携の希薄化: 部署を跨いだ偶発的な情報交換や相談の機会が減少し、プロジェクト推進における連携ロスや意思決定の遅延が発生していました。
- ナレッジの散逸・サイロ化: 特定の業務に関する知見やノウハウが、担当者や部署内に留まり、他の従業員が必要な情報を見つけられない、または存在を知らないという状況が生じていました。情報共有ツールは導入されていたものの、利用が一部に限定され、形骸化していました。
- 新任者・異動者のオンボーディング困難: 部署やチームの文化、非公式なルール、過去の経緯といった暗黙知が共有されにくく、新しく加わったメンバーが組織に馴染み、戦力化するのに時間がかかっていました。
- 情報探索コストの増大: 必要な情報や資料がどこにあるか分からない、誰に聞けばよいか分からないといった状況により、情報探索に膨大な時間を費やしていました。
これらの課題は、A社の組織全体の生産性やイノベーション創出能力に悪影響を及ぼし始めていました。そこでA社は、「多様な働き方を前提とした、組織全体の『知』を活性化する」ことを目的に、コミュニケーションとナレッジ共有の課題克服に向けた全社的な取り組みを開始しました。
具体的な取り組み:仕組みの構築と運用改善の両輪
A社が実施した主な取り組みは、テクノロジーを活用した「仕組みの構築」と、従業員の行動変容を促す「運用改善・文化醸成」の両面からアプローチするものでした。
1. 全社共通コミュニケーション・ナレッジ共有基盤の整備
まずA社は、情報が各所に分散している状況を解消するため、以下のツールを核とした全社共通の基盤を整備しました。
- 統一コミュニケーションプラットフォーム: 部門やチームごとの垣根を越えて気軽に情報交換できるチャットツールや、全社・部門・プロジェクトごとの情報共有チャンネルを持つプラットフォームを導入・全従業員に展開しました。特に、誰でも自由に情報発信・参加できる「オープンチャンネル」の推奨と、特定のトピックに関するQ&Aチャンネル設置により、偶発的な情報共有と質問のハードルを下げる工夫をしました。
- 統合ナレッジ共有システム: 議事録、マニュアル、業務ノウハウ、過去プロジェクト資料などを一元管理できるシステムを導入しました。単なるファイル共有ではなく、高度な検索機能や関連情報のリコメンド機能を持たせることで、「探すより見つかる」体験を目指しました。また、各情報に対してコメントや編集履歴を残せるようにし、情報の鮮度と信頼性を維持する仕組みを取り入れました。
- 部門横断プロジェクト管理ツール: 部門を跨いだプロジェクトの進捗やタスク、関連情報を共有できるツールを導入し、情報連携の透明性を高めました。
2. 情報共有・連携を促進するルールの明確化と定着支援
単にツールを導入するだけでは定着しないことを踏まえ、A社はルールの明確化と運用定着に向けた施策を並行して実施しました。
- 情報共有ガイドラインの策定: どのような情報を、どのツールで、誰と共有すべきか、最低限守るべきルールやマナーを分かりやすくまとめたガイドラインを作成し、全従業員に周知しました。これにより、情報の洪水によるノイズを減らし、効率的な情報アクセスを支援しました。
- 新ツール利用に関する研修・サポート強化: 全従業員向けにツールの使い方研修を実施したほか、各部署に「ツール活用推進リーダー」を任命し、部署内での疑問解消や活用促進を担ってもらいました。また、社内ヘルプデスクによる手厚いサポート体制を構築しました。
- 積極的な情報発信・ナレッジ共有の推奨: マネージャー層に対して、自身のチームの情報発信を促すことの重要性を説く研修を実施しました。また、社内報やポータルサイトで、情報共有ツールを通じて課題解決や効率化を実現したチーム・個人の事例を紹介し、ベストプラクティスを共有しました。
3. ナレッジ共有・連携を評価にゆるやかに連動
ナレッジ共有を単なる「善意」に終わらせないため、A社は人事評価制度との緩やかな連携を検討しました。直接的なKPI設定は困難であることから、以下の点を導入しました。
- 行動評価項目への反映: 個人の「期待される行動」の一つとして、「チームや組織全体の成果に繋がる情報・ノウハウの共有」といった項目を設定しました。定性的な評価ではありますが、マネージャーが部下との面談でフィードバックする際の材料としました。
- 社内表彰制度への組み込み: 積極的にナレッジ共有を行い、他の従業員の業務改善に貢献した個人やチームを表彰する制度を設け、可視化とインセンティブに繋げました。
- 昇進・昇格基準への示唆: リーダー層に求められる資質の一つとして、「組織全体の情報流通を促進し、知識を活用できる力」といった視点を加えることで、上位者ほど広い視野での情報共有・連携が求められることを明確にしました。
4. 継続的なモニタリングと改善サイクル
取り組みの効果を測定し、継続的な改善に繋げるため、以下の活動を行いました。
- ツール利用状況の分析: 各ツールのログイン頻度、投稿数、閲覧数などを定期的にモニタリングし、活用が進んでいない部署や機能があれば、原因を分析し個別のアプローチを行いました。
- 従業員への定期的なアンケート: コミュニケーションの円滑さ、必要な情報へのアクセス性、ナレッジ共有文化の浸透度などについて、従業員意識調査を定期的に実施しました。
- 部門代表者会議: 各部署の代表者が集まる会議で、コミュニケーションやナレッジ共有に関する現場の課題やニーズ、成功事例を共有し、全社的な施策へのフィードバックを行いました。
導入効果と成功要因
これらの取り組みの結果、A社では以下のような効果が見られました。
- 情報探索時間の削減: 従業員アンケートによると、「必要な情報を見つけるまでの時間が短縮された」と回答した従業員が〇〇%増加しました。具体的な業務においては、過去の事例検索や他部署への問い合わせ件数が〇〇%減少した部署もありました。
- 部門間連携の促進: 異なる部署のメンバーが共通の課題について情報交換したり、協業プロジェクトが生まれやすくなりました。部門横断プロジェクトの実施件数が〇〇%増加しました。
- ナレッジの活用促進: 特定の担当者しか知らなかったノウハウがシステムを通じて共有され、他のメンバーがそれを活用して業務効率を改善したり、新しいサービス開発のヒントを得るといった事例が増加しました。
- オンボーディング期間の短縮: 新任者や異動者が、過去の情報を参照したり、気軽に質問できるようになったことで、業務に慣れるまでの期間が平均〇〇%短縮されました。
- 組織文化の変化: 情報やノウハウを「囲い込む」のではなく「共有する」ことへの意識が高まり、心理的安全性の高いコミュニケーションが促進されました。
これらの成功は、以下の要因に支えられていたと考えられます。
- 経営層の強いコミットメント: 単なるツール導入ではなく、組織全体の知の活性化という目的意識を経営層が持ち、継続的にメッセージを発信し、必要な投資を行ったこと。
- 技術と人・運用の両面からのアプローチ: 高機能なツールを導入するだけでなく、それを活用するためのルール、研修、サポート、そして文化醸成といったソフト面での施策を同時に行ったこと。
- 現場ニーズの反映: 一方的な押し付けではなく、現場の従業員がどのような情報に困っているのか、どのような共有方法を求めているのかといったニーズを継続的に収集し、施策に反映させたこと。
- 継続的な改善活動: 効果を測定し、課題が見つかれば躊躇なく施策を修正・改善するというサイクルを回したこと。
他の組織への示唆
A社の事例は、大規模組織が多様な働き方下で直面しやすいコミュニケーション断絶やナレッジサイロ化の課題に対し、有効な解決策が存在することを示しています。他の組織が同様の課題に取り組む上で、以下の点が示唆されます。
- 課題の明確化: 自社でどのようなコミュニケーションロスやナレッジの散逸が発生しているのか、具体的な課題を部署や職種ごとに詳細に分析することが出発点です。
- 単なるツール導入に終わらせない: コミュニケーションツールやナレッジ共有システムはあくまで手段です。それを全従業員が有効活用できるようなルール作り、運用設計、定着支援が不可欠です。
- 文化醸成の重要性: 情報やノウハウを共有することが当たり前、かつ推奨される文化を醸成することが、長期的な成功には欠かせません。経営層からのメッセージ、マネージャーの行動、成功事例の可視化などが有効です。
- 評価制度との緩やかな連携: ナレッジ共有や組織間連携といった行動を、人事評価や社内表彰といった形で何らかの形で評価やインセンティブに繋げることも、従業員のモチベーション維持に効果的です。ただし、過度な数値目標設定は逆効果になる可能性もあるため、慎重な設計が必要です。
- 継続的な取り組みとしての位置づけ: 組織全体のコミュニケーションやナレッジフローは常に変化します。一度仕組みを構築したら終わりではなく、効果測定を通じて課題を把握し、施策を継続的に改善していく姿勢が重要です。
まとめ
大規模組織における新しい働き方の推進は、従業員の柔軟性や生産性向上といった多くのメリットをもたらしますが、同時に組織内の連携やナレッジ共有といった課題を生じさせる可能性があります。本記事でご紹介したA社の事例は、テクノロジーの活用、ルールの明確化、運用改善・文化醸成、そして評価制度との緩やかな連携といった多角的なアプローチを組み合わせることで、これらの課題を克服し、多様な働き方と組織全体の知の活性化を両立できることを示しています。
自社での働き方改革を推進される際には、コミュニケーションやナレッジ共有といった組織の根幹に関わる課題にも目を向け、本事例が提供する仕組みや運用改善の視点を参考にしていただければ幸いです。働き方の多様化が進む中で、組織全体で情報を共有し、知を連携・活用していく力が、企業の持続的な成長にとってますます重要になっています。