事例:大規模組織における新しい働き方推進を支えるマネジメント変革 - スキル定義、育成、評価連動のアプローチ
大規模組織における働き方改革の鍵:マネジメントの役割変革
昨今、多様な働き方の導入は多くの企業にとって重要な経営課題となっています。特に大規模組織においては、リモートワーク、フレックスタイム、ABW(Activity Based Working)など、柔軟な働き方を全社的に展開する際に、組織全体の文化やマネジメントスタイルが従来のままでは、導入効果が十分に得られない、あるいは現場に混乱を招くといった課題に直面することが少なくありません。
新しい働き方を成功させるためには、従業員一人ひとりの自律性が高まり、チームや組織全体のパフォーマンスを最大化できるような、新しいマネジメントのあり方が不可欠です。従来の管理型マネジメントから、メンバーの主体性を引き出し、支援し、信頼に基づいたエンゲージメントを高める「支援型」「信頼型」のマネジメントへの変革が求められています。
本記事では、ある大規模組織が新しい働き方の推進に伴い、マネジメント層の役割変革にどのように取り組んだのか、その具体的な事例を紹介します。導入前の課題、目的、具体的な施策、直面した困難と克服策、そして導入後の効果と成功要因を詳細に解説することで、大規模組織におけるマネジメント変革を検討されている皆様に実践的な示唆を提供いたします。
事例組織の概要と導入前の課題
本事例の組織は、従業員数1万人を超える歴史ある大手製造業です。働き方改革の一環として、全社的なリモートワーク制度の拡充、コアタイム無しのスーパーフレックスタイム制度の導入、ABWを取り入れたオフィス環境の整備などを進めていました。
しかし、制度導入を進める中で、以下のような課題が顕在化していました。
- 従来の管理型マネジメントからの脱却が困難: 特に中間管理職の多くは、部下の姿が見えないことへの不安や、従来の「対面で指示を出す」「時間管理をする」といった管理スタイルから抜け出せない状況にありました。
- メンバーの自律性不足: マネージャーの指示待ち傾向が根強く、自律的に業務を進めることへの抵抗感や戸惑いが見られました。
- 部署・職種による意識や進捗のばらつき: 研究開発部門では比較的スムーズに進む一方、製造現場を抱える部門や、対面でのコミュニケーションが重視されてきた営業部門などでは、新しい働き方への適応に大きな温度差が生じていました。
- 評価制度との乖離: 新しい働き方における成果やプロセスを適切に評価する仕組みが無く、従来の評価基準のままではマネージャーも部下も納得感を得られにくい状況でした。
- マネージャー自身の孤立感: 新しいマネジメントスタイルを模索する中で、他のマネージャーとの情報交換や相談の機会が少なく、孤立を感じているマネージャーも存在しました。
これらの課題は、単に制度を導入するだけでは働き方改革が形骸化し、期待する生産性向上や従業員エンゲージメント向上に繋がらないことを示唆していました。
目的:新しい働き方を支える「支援型マネジメント」の確立
このような課題認識に基づき、同社は新しい働き方を組織に根付かせるためには、マネジメント層の意識と行動を変革することが不可欠であると判断しました。本取り組みの主な目的は以下の通りです。
- マネジメント層が、新しい働き方の環境下でメンバーの自律性を引き出し、パフォーマンスを最大化するためのスキルとマインドセットを習得すること。
- 部署や職種ごとの特性に合わせた柔軟なマネジメントを可能にすること。
- 新しい働き方における成果とプロセスを適切に評価できる仕組みを構築し、マネジメント行動と評価を連動させること。
- マネージャー同士が学び合い、支え合うコミュニティを醸成すること。
- 最終的に、従業員エンゲージメントの向上と組織全体の生産性向上を実現すること。
具体的な取り組み内容とプロセス
同社は、上記の目的達成のために、以下の3つの柱を中心に多角的なアプローチを展開しました。
1. 新しいマネジメントスキル定義と育成プログラムの実施
- スキル定義: リモート環境下での信頼構築、メンバーのエンゲージメント向上、目標設定・進捗管理の方法、コーチング、フィードバック、心理的安全性の高いチーム作り、ITツールの効果的な活用、多様な働き方への理解と配慮といった、新しい働き方で必要とされるマネジメントスキルを具体的に定義しました。
- 階層別研修プログラム: 定義したスキルに基づき、全マネージャー層を対象とした研修プログラムを実施しました。座学だけでなく、グループワークやロールプレイングを通じて実践的なスキルを習得する機会を設けました。特に、オンラインでの円滑なコミュニケーションや、非同期コミュニケーションを活用した情報共有、メンバーのモチベーション維持といったテーマに重点を置きました。
- 外部コーチングの導入: 一部のマネージャーを対象に、外部のプロコーチによる個別コーチングを提供しました。これにより、個人の課題に合わせた deeper な内省と行動変容を促進しました。
- eラーニングコンテンツ: 必要なときにいつでも学べるように、定義したスキルに関するeラーニングコンテンツを内製・導入し、継続的な学習を支援しました。
2. 部署・職種特性に応じた柔軟な運用とノウハウ共有
- 部署別ワークショップ: 全社一律の研修に加え、部署ごとの働き方や業務特性を踏まえたワークショップを実施しました。例えば、製造現場に近い部門では、リモートワークが難しいメンバーとオフィス勤務のメンバー間の連携方法、情報格差を防ぐための工夫などを具体的に議論しました。
- 成功事例共有会: 新しいマネジメントスタイルで成果を出しているマネージャーの事例を全社で共有する会を定期的に開催しました。成功の秘訣や課題克服のアイデアを共有することで、他のマネージャーの学びを促進しました。オンラインでの開催に加え、拠点ごとに小規模な集まりも実施しました。
- 社内メンター制度: 経験豊富なマネージャーが、新しいマネジメントに挑戦するマネージャーのメンターとなる制度を試行的に導入しました。
3. 人事評価制度への連動
- 評価項目への反映: マネージャーの評価項目に、「新しい働き方におけるチームマネジメント」「メンバーの自律性・エンゲージメント向上への貢献」「ダイバーシティ&インクルージョン推進」といった項目を新設・拡充しました。
- 多面評価(360度評価)の導入: 部下や同僚からのフィードバックをマネージャーの評価に反映させる仕組みを導入しました。これにより、部下から見たマネージャーの行動変容や影響力を可視化し、一方的な評価に偏らないようにしました。
- 目標設定プロセスの見直し: マネージャーがメンバーと共に、個人の働き方の希望や成長目標を踏まえた上で、自律的な働き方を前提とした目標設定を行うプロセスを強化しました。目標の達成度だけでなく、目標設定に至るプロセスや、働き方の柔軟性への配慮といった点も評価の要素として考慮するようになりました。
直面した課題と克服策
これらの取り組みを進める中で、いくつかの課題に直面しました。
- マネージャー層の抵抗とモチベーション維持: 新しいスキル習得への負担感や、従来のやり方への慣れから、一部のマネージャー層から抵抗が見られました。「なぜ今、マネジメントを変える必要があるのか」という疑問に対して、働き方改革の目的とマネジメント変革の重要性を粘り強く伝え続ける必要がありました。また、成功事例の共有や経営層からのメッセージを通じて、変革の必要性と前向きな機運を醸成することに注力しました。
- 研修効果の定着: 研修を受けても、実際の現場で行動が変わらないという課題が見られました。研修後のフォローアップとして、eラーニングでの復習機会の提供、マネージャー間のピアコーチング促進、人事担当者による個別相談対応などを強化しました。
- 評価制度改定への時間と労力: 評価制度の見直しは全社的な合意形成が必要であり、多くの時間と労力を要しました。試験的な導入部署を設け、そこで得られた知見やフィードバックを全社展開に活かす、段階的なアプローチを採用しました。また、評価項目改定の意図や新しい評価方法について、全マネージャーに対し丁寧な説明会を実施しました。
- 部署間の不均衡の解消: 部署特性による進捗のばらつきは完全に解消されたわけではありませんが、部署別ワークショップや成功事例共有会を通じて、他の部署の取り組みから学びを得る機会を増やすことで、相互理解と全体的な底上げを図りました。
導入効果と成功要因
これらの取り組みの結果、以下のような効果が見られました。
- メンバーの自律性向上: マネージャーが支援型のマネジメントを実践することで、メンバーが自分で考え、判断し、行動する機会が増加しました。これにより、指示待ちではなく主体的に業務に取り組む姿勢が育まれました(定性的な観察に加え、従業員アンケートで「自分で意思決定できる機会が増えた」という項目への肯定的な回答が増加)。
- チームエンゲージメントの向上: マネージャーとメンバー間のコミュニケーションの質が向上し、相互理解と信頼関係が深まりました。これにより、チーム全体のエンゲージメントスコアが導入前に比べて平均5%向上しました(従業員エンゲージメント調査による定量的な効果)。
- 生産性の向上: 自律性の向上と円滑なコミュニケーションにより、業務効率が改善され、特に非同期コミュニケーションが有効な業務においては生産性向上が見られました(一部部門での業務効率指標の改善)。
- 新しい働き方の定着促進: マネージャー自身が新しい働き方を理解し、実践をサポートすることで、制度が従業員にとって利用しやすいものとなり、利用率や満足度が向上しました。
- マネージャー自身の成長実感: 新しいスキルを習得し、実践することで、マネージャー自身の能力向上とキャリア形成に対する肯定的な意識が高まりました。
本事例の成功要因としては、以下の点が挙げられます。
- 経営層の強いコミットメント: 働き方改革とそれに伴うマネジメント変革の重要性について、経営層が一貫してメッセージを発信し、予算やリソースを確保したことが大きいです。
- 多角的なアプローチ: 研修だけでなく、コーチング、ワークショップ、評価制度改定、事例共有など、様々な施策を組み合わせたことで、多角的にマネージャーの意識と行動に働きかけることができました。
- 部署・職種への配慮: 全社一律ではなく、各部署の状況や特性を考慮した柔軟な運用やサポートを行ったことで、現場の納得感を得やすくなりました。
- 継続的なフォローアップ: 研修だけでなく、その後の実践をサポートする仕組みや、学び続ける機会を提供したことが、行動変容の定着に繋がりました。
- 人事部門の主体的な役割: 人事部門が単なる制度設計だけでなく、現場の課題を把握し、教育プログラムの企画・実行、評価制度との連携、マネージャーへの伴走支援まで、主体的に関わったことが成功の鍵となりました。
他の組織への示唆
本事例から、大規模組織が新しい働き方を推進し、それを支えるマネジメント変革を成功させるためには、以下の点が重要であると言えます。
- マネジメント変革を働き方改革の中核と位置づける: 単なる制度変更ではなく、組織文化やマネジメントスタイルを変えることこそが、改革成功の決定的な要因であることを認識し、投資とリソースを集中させるべきです。
- 新しいマネージャーに求められるスキルを具体的に定義し、育成体系を構築する: 曖昧なままではマネージャーもどう行動すれば良いか分かりません。求められるスキルを明確にし、継続的に学び実践できる機会を提供することが不可欠です。
- 人事評価制度と連動させる: どんなに研修を実施しても、それが評価に結びつかないと、マネージャーの行動変容は限定的になりがちです。新しいマネジメント行動を評価指標に取り込み、適切なインセンティブ設計を行うことが重要です。
- 部署・職種による多様性に対応する: 大規模組織には多様な部署や職種が存在します。それぞれの特性やニーズを理解し、全社的な方針と並行して、現場に合わせた柔軟な運用やサポートを行うことが求められます。
- マネージャー間のピアラーニングを促進する: マネージャー同士が課題や成功体験を共有し、学び合うコミュニティを形成することは、孤立を防ぎ、自律的な成長を促す上で非常に有効です。
まとめ
大規模組織における新しい働き方の推進は、従業員の自律性を最大限に引き出し、多様な働き方を可能にすることで、生産性向上やイノベーション創出に繋がる大きな可能性を秘めています。しかし、そのためには、組織を支えるマネジメント層の意識と行動の変革が不可欠です。
本記事で紹介した事例は、新しいマネジメントスキルの定義、多角的な育成プログラム、そして人事評価制度との強力な連動を通じて、大規模組織においてマネジメント変革を成功させた好例と言えるでしょう。もちろん、全ての組織にそのまま適用できるわけではありませんが、自社の状況に合わせてこれらの取り組みを参考にすることで、働き方改革をより実効性のあるものへと進化させることができるはずです。
貴社が働き方改革を進める上で、マネジメント層のあり方について課題を感じられているのであれば、まずは新しいマネジメントに求められるスキルを定義し、育成プログラムの検討、そして人事評価制度との連動といったステップから着手されてはいかがでしょうか。本事例が、貴社の変革に向けた一助となれば幸いです。